大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和43年(オ)734号 判決

上告人

金沢枝

(仮名)

代理人

原長一

佐藤寛

増渕実

桑原収

牧野房江

被上告人

大屋昭一

(仮名)

右法定代理人親権者母

大屋明子

(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人原長一、同佐藤寛、同増渕実、同桑原収、同牧野房江の上告理由一について。

法例一八条一項は、非嫡出子の認知の要件の準拠法につき、「其父又ハ母ニ関シテハ認知ノ当時父又ハ母ノ属スル国ノ法律ニ依リテ之ヲ定メ其子ニ関シテハ認知ノ当時子ノ属スル国ノ法律ニ依リテ之ヲ定ム」と規定しているから、本件において、右規定に従い、非嫡出子たる被上告人の認知が有効に成立し、その効力が完全に発生するためには、一方において、その血統上の父と認められる上告人に関し、その本国法による認知の要件が具備するとともに、他方において、子たる被上告人に関し、その本国法による認知の要件が具備することが必要であつて、そのいずれかを欠いても、被上告人の認知は有効に成立しないものというべきである。したがつて、本件において、上告人に関しては、所論のように、上告人が被上告人を自己の子として養育(撫育)しているにもとづき、その本国法たる中華民国民法一〇六五条一項後段による認知の要件が具備しているとしても、さらに、被上告人に関しても、その本国法による認知の要件が具備しないかぎり、いまだ被上告人の認知は有効に成立しないものといわなければならない。

そこで、法例一八条一項の指定する被上告人の本国法はいかなる国の法律であるかについて考察するに、まず、原判決(その引用、訂正する第一審判決を含む。以下同じ。)の適法に確定したところによれば、被上告人は非嫡出子であつて、その母土屋恵子は日本国民であるというのであるから、被上告人は、わが国籍法二条三号に従い、その出生と同時に日本の国籍を取得したものというべきである。したがつて、その後、所論のように、上告人が被上告人を自己の子として養育している事実にもとづき、中華民国民法一〇六五条一項後段による認知の要件が具備し、それに伴い、被上告人が、同国国籍法二条二号により、中華民国の国籍を取得するに至つたものであるとしても、被上告人が、さらに、わが国籍法一〇条に従い、日本の国籍を離脱する手続をとらないかぎり、被上告人は、当然には、日本の国籍を喪失するものではなく、なお、日本の国籍と中華民国の国籍との二重の国籍を有するものというべきである。そして、本件においては、被上告人がその後日本の国籍を離脱する手続をとつた旨の主張立証はなされていない。してみれば、被上告人が、所論のように、中華民国の国籍をも取得しているとしても、法例一八条一項の指定する被上告人の本国法は、法例二七条一項但書に従い、日本の法律、すなわち、わが民法であると解するのが相当である。

そうすれば、以上と同旨の見解に立ち本件認知の要件のうち子たる被上告人に関する準拠法として、わが民法を適用したうえ、被上告人の本件認知の請求を認容した原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法は認められない。論旨はひつきよう、独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

同二について。

本件において、法例一八条一項に従い、非嫡出子たる被上告人の認知が有効に成立するためには、一方において、その血統上の父と認められる上告人に関し、その本国法たる中華民国民法による認知の要件が具備するとともに、他方において、子たる被上告人に関し、その本国法たるわが民法による認知の要件が具備する必要があることは、上告理由一について、判示したとおりである。

ところで、そのうち上告人に関しては、上告人が被上告人を自己の子として養育している事実にもとづき、その本国法たる中華民国民法一〇六五条一項後段による認知の要件がすでに具備していると解すべきことは、所論のとおりであるけれども、他方、被上告人に関しては、その本国法たるわが民法には、中華民国民法の右規定のように、血統上の父が非嫡出子を自己の子として養育している事実のみにもとづき、当然に、認知の効力を発生させる旨の規定がないから、右のように、上告人が被上告人を自己の子として養育している場合においても、さらに、わが民法七七九条、七八一条に従い、上告人が任意に認知の届出をするか、または、同法七八七条に従い、被上告人ないしその法定代理人等が上告人に対し認知の訴を提起してそれに対する勝訴の判決を得るか、あるいは、家事審判法二三条二項に従い、右判決にかわる認知の審判を得るか、そのいずれかの手続の経ないかぎり、いまだ被上告人の認知の要件は完全に具備したことにはならないものというべきである。

ただ、右のように、中華民国民法一〇六五条一項後段による認知の要件がすでに具備している場合においては、同民法上、さらに、子ないしその法定代理人等が血統上の父に対して認知の訴を提起しうる旨の規定は存在しないので、被上告人ないしその法定代理人等が、さらに、わが民法七八七条に従い、上告人に対して認知の訴を提起しうるものとすることは、中華民国民法に牴触することになるのではないかとの疑問が生じうる。そして、現に、原審も、この疑問を肯定的に解したうえ、法例三〇条の法意に照らし、中華民国民法の適用を排除して、もつぱらわが民法のみに従い、本件認知の訴を適法な訴と認めている。しかしながら、中華民国民法は、一般的に、血統上の父に対して認知の訴を提起することを禁止しているものではなく、むしろ、同法一〇六七条において、相当広範囲にこれを許しているのであり、また、同法一〇六五条一項後段の場合においても、血統上の父が非嫡出子を自己の子として養育している事実さえあれば、もはやそれ以外の何らの手続をも要せず、当然に、認知の効力が発生するとしているにすぎないのである。したがつて、本件において、被上告人ないしその法定代理人等が、さらに、わが民法七八七条に従い、上告人に対して認知の訴を提起しうるものとし、子たる被上告人に関しても、認知の要件が完全に具備するようにすることは中華民国民法の法意にそうものでこそあれ、それに牴触するものではないというべきである。したがつてまた、本件認知の訴は、法例三〇条に従い中華民国民法の適用を排除するまでもなく適法な訴であると解すべきである。

してみれば、原審が、本件認知の訴を適法な訴と認めるにあたり、前記のように、法例三〇条の法意に照らし、もつぱらわが民法のみに従つたことは、法例の右規定の解釈適用を誤つたものであるといわなければならない。しかしながら、原審も、結論においては、右のように、本件認知の訴を適法な訴と認めているのであるから、原審のおかした右違法は、原判決に影響を及ぼすものではないというべきである。したがつて、原審が本件認知の訴について法例三〇条を適用したことを非難する論旨は、結局、理由がなく、採用することができない。

同三について。

まず、非嫡出子のためその血統上の父と認められる者に対して認知の訴を提起しうるものとする場合に、非嫡出子の法定代理人においてもこれを提起することができるか否かは、非嫡出子の認知の要件のうち子に関する要件の問題であると解すべきであるから、法例一八条一項後段に従い、非嫡出子の本国法により、これを定めるべきところ、被上告人の本国法たるわが民法七八七条は、非嫡出子の法定代理人においても右訴を提起することができるものとしている。

そこで、さらに、右の場合において、非嫡出子の母が、非嫡出子の法定代理人として、右訴を提起しうるか否かは、親子間の法律関係に属する問題であるというべきであるから、法例二〇条に従い、これを定めるべきところ、同条は、その準拠法につき、「親子間ノ法律関係ハ父ノ本国法ニ依ル若シ父アラサルトキハ母ノ本国法ニ依ル」と規定しているが、本件のように、非嫡出子のためその血統上の父と認められる者に対して認知の訴を提起する場合には、それに対する勝訴の確定判決があるまでは、非嫡出子の法律上の父はいまだ確定しないのであつて、右規定にいう「父アラサルトキ」に該当するというべきであるから、同条後段に従い、母の本国法により、これを定めるべきものである。したがつて、本件において、被上告人の母である土屋恵子が、被上告人の法定代理人として、その代理権を行使し、上告人に対して認知の訴を提起しうるか否かは、被上告人の母の本国法、すなわちわが民法により、これを定めるべきものであるところ、わが民法は、同法八一八条一項により、いまだ父の認知していない非嫡出子で成年に達しない者については、その母が、単独で、親権者(法定代理人)となり、その法定代理権を行使しうるものとしている。

してみれば、被上告人の母である土屋恵子が被上告人の親権者として提起した本件認知の訴は、法例一八条一項、二〇条後段、およびそれらの指定するわが民法七八七条、八一八条一項に従つた適法な訴と解すべきである。

しかるに、原審が、本件認知の訴に関する被上告人の法定代理については、法例二〇条前段に従い、被上告人の血統上の父と認められる上告人の本国法、すなわち中華民国民法の適用があるとの見解に立つたうえ、同国民法の法意により、被上告人の親権者として本件認知の訴を提起しうるものとしたことは、法例二〇条の解釈適用を誤つたものであるといわざるをえない。しかしながら、原審も、結論においては、右のように、被上告人の母が被上告人の親権者として本件認知の訴を適法に提起しうるものとしているのであつて、法例一八条一項、二〇条後段、およびそれらの指定するわが民法七八七条、八一八条一項に従つたと同一の結論に帰するから、原審のおかした右違法は、原判決に影響を及ぼすものではないことが明らかである。したがつて、本件認知の訴に関する被上告人の法定代理につき法例二〇条前段の適用があることを前提とする論旨は、結局、理由がなく、採用することができない。

よつて民法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(下村三郎 田中二郎 松本正雄 飯村義美 関根小郷)

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